ノルウェー地方選挙レポート2:選挙運動を担うソーシャル・パートナー

ロックでもりあがって
ノルウェーのロックスター、オーゲ・アレクサンダーシェン(Åge Aleksandersen)率いるロックバンドの演奏がはじまった。全身をくねらせて弾きまくるエレキギター、強烈な大音響…

会場はオスロの中心部カールヨハン通りに面する公園。秋にしては強すぎる日差しの下、ステージと聴衆の一体感は頂点に達する。日本人の観光客がここを通りかかったとしても、これが選挙運動だなんて誰も気がつかないだろう。

じつは、コンサートの主催者は、「自治体・一般・労働者組合(Fagforbundet)」だった。日本の連合にあたるノルウェー労働総連合LOに加盟する組合のなかで最大の組織である① 。組合員数31万人。全国に555の支部を持つ。病院、社会福祉施設、学校、公共交通機関などで働く公務員、それに美容師や清掃職員など民間労働者たちが加わる。職種は100以上にのぼり、組合員の75%以上は女性である②。

ノルウェー女性の約半数は公務職に就き、主として地方自治体に雇用されている ③。地方選挙の結果は、女性たちの仕事にも暮らしにも直結しているから、女性組合員が選挙に熱心になるのも当然である。

組合としては、組合員個々の支持政党にこだわらない。賃金と労働条件アップのためなら、どの政党とも密接な連携を組む柔軟性はあるが、現実には、現連立政権の労働党、左派社会党、中央党の3党、それに赤党を推薦している。

「あなたの町、あなたの仕事、あなたの1票」
オーゲのバンドは、自治体・一般・労働者組合と連携して、左派政権を応援するため、何ヶ月間もかけてノルウェー全土を巡業してきたという。オスロのステージは9月8日(木)で、午後3時ごろには舞台が設営され、三々五々人が集まってきた。赤い風船が飾られ、ホットドッグの屋台が並ぶ。目抜き通りの公園だから、通りすがりの人も多いのだが、そうした非組合員にメッセージを送るのもねらいの一つだ。同組合は今秋の地方議会選挙キャンペーンに1600万クローネを投じたとか。

本部のテントは圧倒的に女性が多い。労組幹部だという女性は、「今年は、保守党が長年握ってきたオスロ市議会を労働党が奪還するチャンスです④ 」と語りかけながらチラシを配る。チラシを見ると女性労働者向けのメッセージが多い。1枚は、介護職の女性2人が高齢者をケアする写真の下に「私たちにいい仕事をする機会を! 私たちは尊厳あふれるケアをします」。もう1枚は、若い女性の顔の写真の横に「私は看護師のクリスティン。あなたの町!あなたの仕事!あなたの1票!責任をもって投票をしよう」

受け取る通行人には、保育園児の手を引いたり、ベビーカーを押したりする若い親たちが多い。時間帯からして、そんな保育園帰りの通勤族をターゲットにしているのだろう。だが、選挙運動員には高校生もいる。聞けば、高校生や研修生も組合に入会でき、高校生なら組合費を免除されるのだそうだ。オスロ市長候補(労働党)のリーベ・リーベル=モーンLibe Rieber-Mohnの顔がプリントされたTシャツを身につけた若者の一群がいた(写真1)。「この労組の組合員なの?」と聞いてみると、「私たちはまだ働いていませんから労組にはいっていません。でも労働党青年部には所属しています。リーベを市長にしてオスロを変えたいので運動をしているのです」という。

ロック音楽が始まる前には、首相のイェンス・ストルテンベルグが演説した。(写真2)。
「政治と恋愛は似ています。好きな人を選ぶのと政党を選ぶのは同じです。すべてが自分にぴったりの人、すべてが自分の好みに合う政党などありません。でも、いいなと思ったら、その政党を信頼して託してみましょう」

「暴力に屈するな」
その2日後の9月10日土曜日、ヘードマルク県ハーマル市のスカンディック・ホテルで市民集会が開かれると聞いて、行ってみた。場内に足を踏み入れると、またしても労組主催のオーゲのロックコンサートだった。
最前列には若者が目立つが(写真3)、後方では中高年の男女も手足でリズムをとっている。オーゲは70年代に絶大な人気を博して以来、今も人気は根強い。若者ばかりではなく、あらゆる年代層を引きつける力があるようだ。

ロックのリズムがひと段落すると、7月22日の銃乱射事件の犠牲者を悼んで国中で歌われている「若者たち⑤」 を、会場の全員で合唱した。

「敵に囲まれ、嵐をついて、進みゆく
恐れおののき自問する、丸腰のまま、邪気もなく
なぜ闘うのか? 武器はどこ?
われらの刃は、命と尊厳、これこそ盾なり剣なり、これこそ敵への備えなり
万人のため追い求め、よりたくましく、より広く、命をかけて耕そう
されば武器など、あえなくも地の底に向け沈みゆく、
人の尊厳守りしとき、われらに平和が訪れる
金で買えない愛おしいものを、正義の腕に持つ者は決して人を殺さない
約束しよう、人びとに、われらが地球を尊ぶことを
腕に赤子を抱くように、美と温もりを愛でし時まで」⑥

受付をしていた病院職員は、「1000人が目標だったけど、800人ほどかしら」。それでも、人口3万に満たないハーマル市を考えると、たいした人数だ。労働組合はこのような政治集会を全国で開催してきた。とくに今年は特別な年だった。選挙運動が本格化しようという7月22日、世界を震撼させたテロ事件がオスロを襲った。死傷者のほとんどは、労働党青年部恒例の政治合宿に全国から参加した10代、20代の政治活動家だった。半数は女性で、その何人かはこの労組の組合員だった。

事件後、首相はじめ政界の指導者たちは、「暴力は民主主義への挑戦。暴力に屈するな。政治参加を一層進めよう」と訴えた。それを受けとめるかのように、労働党だけでなく他の政党も労働組合もメディアも、連日「暴力ではなく民主主義を」と唱えた。

労働組合のことを、政府は「ソーシャル・パートナー」と呼ぶ。選挙集会をみれば、女性や若者たちが、この国の民主主義を担っていることがわかる。
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①ノルウェーでは、労働組合に入っている人は全雇用者の53.1%である。女性の入会率は年々増えて、今や全組合員の52.1%は女性である(http://www.worker-participation.eu/; http://www.eurofound.europa.eu/eiro/studies/tn0904019s/tn0904019s.htm )
② http://www.fagforbundet.no/
③ Women and Men in Norway: What the figures say (Statistics Norway, 2010)
④ 選挙の結果、オスロ市は保守党が多数を握ってファビアン・スタング前市長が再任された。
⑤ テロ事件以来、ノルウェー全土で歌われた。8月の国民追悼式典では、日本でもよく知られる世界的歌手シセルがフィナーレに歌った。反ナチズムの詩人ノールダール・グリーグ(Nordahl Grieg 1902-1943)がノルウェー学生連盟のために作った歌詞だという。
⑥ 感動的な詩なので、英訳されている詩を筆者が和訳した。

(出典:ノルウェー王国大使館 三井マリ子連載・ノルウェー地方選挙レポート2011 【2】 13/01/2012 )
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by bekokuma321 | 2012-04-02 11:08 | ノルウェー