女性運動と福祉国家推進が礎

ノルウェー国会の労働党ホールで、議員マリット・ニーバック国会議員(写真)から、ノルウェーの男女平等推進策を聞いた(注)。10月19日の午後だった。

マリット・ニーバックは、オスロ選出の国会議員を25年間も続けるベテラン労働党員。今年のノーベル平和賞の女性3人を候補に推薦した1人でもある。

c0166264_434352.jpg「ノルウェーに女性として生まれて、なんて幸運なのだろう!」と、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「ノルウェーの女性政策の賜物です。その政策は、今やイラン、サウジアラビア、アフガニスタンなど海外の女性たちの地位向上政策に応用されています。女性の地位向上は、男性も得になることなのです。国の発展には男女平等は欠かせません。だから開発途上国への財政支援も、男女平等の視点で精査し、支援するようにしています」

「しかし」と彼女は厳しい表情をした。

「私たちはこれで満足はしていません、さらに世界中が男女平等になるようにまい進したい。国内でもまだ男女賃金が同一になっていません。また娘たち若い世代は男女平等を当然だと思っていることが心配です。なぜなら、簡単に逆戻りする危険性――バックラッシュ――があるからです」

マリット・ニーバックが初めて国会議員になった時、子どもは2歳と4歳だった。有給の育児休業はわずか3カ月しかなかった。た。当時、子どもたちを保育園に迎えに行くのは彼女の夫の役目だったし、夫の協力なしに一日も立ち行かなかったと振り返った。

ノルウェーでは現在、子どもを持つ母親の87%が働いている。育休は1年間に延長され、パパ・クオータは、12週間になった。こうした保育政策の充実など福祉政策は、政治がつくりあげてきたと、彼女は強調した。そうした政治をつくってきたのは女性政治家たちだと、さらに力をこめて語った。

「ノルウェーが男女平等になったのは、第一に、60年代、70年代に女性解放運動を担った女性たちが政界にはいっていったこと、第二に、戦後、社会民主主義にもとづいた福祉国家建設にまい進してきたことにあります」

女性解放運動の例として、1971年、「女のクーデター」と呼ばれる女性たちの選挙運動をあげた。これは、候補者リストの男性の名を消して女性を当選させるようとした地方議会選挙での運動。その結果、女性議員は爆発的に増え、オスロ市など3市で、女性議員の数が男性議員の数を上回った(詳しくは、『男を消せ!--ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社))。

c0166264_4452161.jpgまた、「女はできる!」と呼ばれる労働党内での女性解放運動といえる運動を紹介した。

「女はできる!」は、スピーチ、対話、討論のテクニックを身につけるための女性向けの労働党内研修である。その教則本はいまや50カ国語に翻訳されている。「女はできる!」は、外務省がおすみつきを与えたノルウェー産の誇らしい輸出品であり、女性の政界進出にとって、「革命的ともいえる最も重要なキャンペーンだった」と力説した。

50カ国語のひとつ日本語版の「女はできる!」は、2004年、『女たちのパワーブック』(かもがわブックレット)として発行されている(写真)。

こうして、1986年のグロ・ハーレム首相の“女の内閣”以来、政権交代があっても女性閣僚は40%を下回らない国となった。

ノルウェーの男女平等への歩みは、25年間国会でがんばってきた彼女の歩みそのものだ。貴重な時間を割いての、熱のこもったスピーチに心から感謝申し上げる。

【注】栃木県の女性たちによる企画で行った「ノルウェー女性の生き方を探る旅」(梅澤啓子団長)。企画にはノルウェー王国大使館の協力を受けた。以下2点は、関連記事。
■北欧福祉社会は地方自治体がつくる http://frihet.exblog.jp/17001329/
■NRKとNHK(報道の平等推進) http://frihet.exblog.jp/17018798/
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by bekokuma321 | 2011-10-27 23:48 | ノルウェー