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北欧福祉社会は地方自治体がつくる

「感激のあまり、腰が抜けて立ち上がれません」

中島セイ子(62歳)は、ノルウェーのオーモット市議会で大きなため息をついた。中島は、冷蔵庫部品を生産する日立子会社の代表だ。110人以上が働く。ほとんどが女性だ。女性労働者の働く条件をよくするにはどうしたらいいのか。解決への道を探して悩んできたという。

北欧福祉社会は地方自治体がつくる_c0166264_2222355.jpg中島ら19人の女性たちは(ほとんどが栃木県民)、10月17日から5日間、ノルウェーの男女平等視察に訪れた。オーモット市訪問はその最後のプログラムだった(注①)

保育園、小学校、学童保育などを見学した。その後、市庁舎・市議会に隣接する、文化センター、そして障害者・高齢者ケアセンター「リシュリングモーン」に足を移した。

そこは誰もが驚くほど近代的で上質なつくりだった。カーテンや、テーブルセッティング、窓ぎわの植木鉢の花・・・芸術的ともいえるカラーコーディネイション。そのエレガントなインテリアに日本からきた女性たちは、息をのんだ。「なんで臭いがないのかしら。消臭剤の匂いもない」と、見学しながらつぶやいている人がいた。中島セイ子は、言った。「5000人に満たない自治体で、こんなにも充実した福祉があるなんて!」(注②)

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働く人も、自信に満ちあふれる表情で、楽しそうに仕事をこなしていた。

しかし、その後に見た市議会はやや見劣りがした。議会は閉会中だった。その議場で、先月までオーモット市長を務めたオーレ・グスタフ・ナルッドから、地方自治体の民主主義を聞いた。

前市長のナルッドは、議場を案内しながら日本から来た女たちに言った。「見ての通り、少々みすぼらしいといえます。市議会議場のテーブルや椅子をもう少し近代的にすべきだという議論もありました。しかし、その予算があるなら、介護センターや、保育園、学童保育に予算を回したいという市民の声があり、それが優先されています」

「北欧福祉国家、という語がありますが、正確には“北欧福祉地方自治体”なのです」とまとめた。

続けて、「政治家の汚職やわいろなどは法律で厳しく禁じられています。議員の特権はないのです。具体的には議員の口利きで、子どもを優先的に保育園に入れる方法があるとか、知り合いを正当な順番を飛び越して入院させるとか、そのようなことはノルウェーではありえないことです」

栃木県小山市から参加した青木美智子市議は「年間予算のうち、市が自由に使える予算は、いくらぐらいか」と尋ねた。オーレ・グスタフ・ナルッドはこたえた。

「地方自治体は、法律で明らかに他の公的機関に権限がある場合ーー警察行政は国ですーーを除いて、いかなる領域においても条例や決定をくだすことができます。地方自治体は独立した機関であり、基本的に自由に使えるのです」(注③)

北欧福祉社会は地方自治体がつくる_c0166264_21373685.jpg市長席から、ナルッドはこう付け加えた。前回の市議会まで彼が座っていた席だ。9月の選挙で、彼の属する中央党は最も多くの票をとったものの、連立を組めず市長を労働党に譲り渡した。1票差だった。(注④)

「地方自治体予算の多くは国からの予算です。保育園、小学校、中学校、高齢者施設など、どの自治体も整えなければならない最低限のサービスがあります。ここは4000人余りの人口ですから、小学校1 校で済ますことは可能ですし、違法とはいえません。しかし広域ですので、小さな子どもが長距離を通学することはよくないので、3校を作っています。教職員も減らせるかもしれませんが、子どもたちにとってよくありません。こうしたレベルの高いサービスを市民が望み、その声を反映した議会構成になっている。それがこうした政治が遂行できる理由です」

琴の教師・山形充は、通訳を聞いた後にため息をつき、こう言った。「すばらしいスピーチです。ぜひ来日して国会で日本の国会議員に対して今の話をしてほしい」

オーレ・グスタフ・ナルッドは、日本の女性たちに向かって静かに話した。

「社会を変えるのはその国の市民です。とくに女性です。他国の例からも、女性が政治にもっと進出して初めて改革が可能となると私は思います。みなさん、がんばってください」(注⑤)

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【注①】オーモット市のプログラム:オーモット教会 → 前市長私邸 → 保育園 → 小学校 → 学童保育 → 大学 → 文化センター → 高齢者ケアセンター → 特別養護老人ホーム → デ―センター → リハビリセンター →市議会 (市の年間予算2億5000万クローネ、人口4300人、働く人2000余人、公務員400人、軍関係公務員400人)。同市の福祉行政や選挙運動などは『男を消せ!--ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)に詳しい。

【注②】 「リシュリングモーン」は、オーモット市のナーシングホームであり、総合ケアセンターである。市庁舎、文化センター、サービス付きアパートと隣接する。身体的機能が低下し障がいを持つ人々を世話する。高齢者ばかりではなく身体障害者が利用できる。1階には、セラピー用温水プール、言語療法、作業療法などのリハビリセンター、利用者用クリーニング室、調理室、食堂(30人)、配食サービス(40人)など。2、3階は長期療養用の35室(3室は2人用、他は個室。全室バス・トイレ付)。人生最後の引っ越し先となる人の場合、家具調度品を持参する。日本のナーシングホームの匂いは「おむつが定時交換」だからだ。ノルウェーの場合、できるだけ自分でトイレを使うようにしていることと、たとえおむつをしている人がいても「変えてください」と意志表示をする人が多いことと、排泄したらすぐ対応できる職員数の充実がある。独特の臭いがないのは当たり前だ。

【注③】ノルウェー地方自治法

【注④】ノルウェーの地方議会は、オスロなどいくつかの例外を除き、「フォルマンスカープformannskap」制である。選挙後、当選した議員の中から比例代表制で、フォルマンスカープ(参事会と訳す場合もある)を選ぶ。フォルマンスカープは、予算案をはじめ議案を出す。実質的に、ここが自治体の最大の権限を持つ。つまり、フォルマンスカープは、議会に議員を出した政党のリーダー(リストのトップの候補者であることがほとんど)で構成される。このフォルマンスカープの議長が議会議長を兼ね、市長となる。

【注⑤】オーモット市は人口4000余りの農林業中心の自治体。1996年、女性議員53.5%で、全国一となった。2011年9月に行われた選挙結果は正式にはまだだが、「女性議員は、おそらく50%ぐらいでしょう」(モーナ市議)。

写真上:「リシュリングモーン」の玄関ホールで説明するオーレ・グルタフ・ナルッド前市長。彼は10月から国立へードマルク大学準教授(経済学)。彼の来日講演録などは、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)p203-215。

写真中:2階にある特別養護老人ホーム利用者のための食堂。ナースセンターが左にあり、職員がそれとなく注意をはらっていた。通って利用する人の食堂は1階に別にある。2枚目は、上品な紫色でコーディネイトされた居室

写真下:オーモット市文化センターのホールで、前市長(前列左から2人目の白髪の男性)と現市長を囲む、栃木の「ノルウェー女性の生き方を探る旅」の面々(前列右が梅澤啓子団長)

写真最下:オーモット市の中心街レーナ駅前。オーモット教会、かつての消防署が並ぶ。後方には、広大な森が広がる。「ノルウェー女性の生き方を探る旅」のオーモット到着の2日前、皇太子夫妻がここで小学生たちとマウンテンバイク競技に参加した。オーモット教会前を走る、メッテ・マーリット皇太子妃の写真が地元紙に載っていた(右下はその縮小コピー)北欧福祉社会は地方自治体がつくる_c0166264_12143611.jpg
(同視察団は、オーモット市での地方民主主義の研修の前に、オスロ市で国レベルの視察をした。主な視察先は、ノルウェー国営放送、子ども・平等・社会省、オスロ大学保育園、オスロ市議会労働党、国会労働党など)
by bekokuma321 | 2011-10-22 01:51 | ノルウェー