女子マラソンのパイオニア、グレテ・ワイツ死亡

c0166264_3515398.jpg4月19日(火)、ノルウェーのグレテ・ワイツGrete Waitzがオスロの病院で亡くなった。女子マラソンのパイオニアだった。グレーテ・ワイツとも訳される。

1980年代、ノルウェーを初めて訪問した私は、あらゆる分野で女性が活躍していることに目をみはった。その時、「ノルウェー女性の不屈の精神には、スポーツの貢献が大きい。マラソンのグレテ・ワイツ選手は見本です」というようなことを言う人がいた。以来、彼女の名が刻み込まれた。

今でこそ、世界一、二の女子マラソンランナーが日本に輩出しているが、体力的に女性のフルマラソンは無理だとされていた頃の話だ。

グレテ・ワイツは、1978年以来、ニューヨークシティマラソン大会で9回優勝している。1978年、1979年、1980年の同大会では、世界最高記録による3連覇を達成した。とくに1979年、彼女は2時間30分を突破した。女性で初めての記録だった。男性優勝者の記録が70年代まで2時間30分台だったことを考えると、女子マラソン史を変える偉業だった。

しかし、それでも当時、オリンピックは女子マラソンを禁止していた。

c0166264_4192326.jpgグレテ・ワイツは、ノルウェーで女性だけのマラソン大会をスタートさせ、女性のマラソン人口を飛躍的に広げた。1990年、2度目のノルウェー訪問で見た白夜マラソンのポスターは、彼女だった(左の写真)。

グレテは、ニューヨークシティマラソンへの参加を続け、1982年から1989年まで6回優勝を成し遂げた。彼女の努力のかいもあって、やっと1984年、女子マラソンを排斥していたオリンピックの壁が打ち砕かれた。その1984年オリンピックで、グレテは銀メダルをとった。

スポーツはみんなのもの、という彼女の精神は、女性のスポーツ参加を推し進めた。それだけではない。彼女は、病を患っている人をも勇気づけた。とくに1992年のニューヨークシティマラソンで、彼女は、脳癌を患っていたフレッド・リーボウFred Lebowを励ましながら同走し、完走した。その日は、彼の60歳の誕生日! ニューヨーク中が湧いた。

グレテは、2005年6月、自らが癌であることを公表した。以来、癌との闘いが続いた。2011年4月19日、オスロの病室で夫ジャック・ワルツに看取られて静かに息をひきとったという。57歳。


http://www.nrk.no/multimedia/1.7601989
http://www.nytimes.com/1992/11/02/sports/new-york-city-marathon-sports-times-fred-grete-win-all-new-york-city.html?src=pm
http://www.nytimes.com/2011/04/20/sports/othersports/20waitz.html

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by bekokuma321 | 2011-04-21 03:47 | ノルウェー