宮城の友人「ガソリン不足、キャベツ400円…」

被災地宮城在住の友人、佐藤進さんからのお便りです。現地の様子がよくわかります。東京で前と変わらない生活を続けられる私は、何かとても申し訳ないような気持です。

■ 皆さんへ(21/3/2011)  進 佐藤

私は、今、義姉と共に3人で生活をしています。我が家の地域は、当初から水道は使用でき、電気とガスがありませんでした。今日現在は電気が通じ、燃料(灯油・ガソリン)が不足していますので、狭い部屋にかたまり、食糧を持ち寄り共同の食事(義姉の家はガスが供給されていませんが、私の家は電気調理です)を共にしている毎日です。

何とか毎日の食事はクリアーしています。台所にある食材をチェックしてみると、意外と相当数の多様なものがあることにきづきました。それらを元にして工夫して食べています。野菜の確保が困難になっています。生活物資を購入するために、何時間も行列に並び、時間制限で買い物する状態が続いています。まだ車にガソリンが残っているので、野菜を求めて農家の直販所に行き、数点の野菜を買うことができました。

因みに、野菜の値段は、大根250円、ホウレンソウ150円、ニンジン等は200円という値段です。(昨日は、キャベツ1個が400円でした)。ガソリン不足は深刻で、途中で見たガソリンスタンドには、灯油缶を持った人々、ガソリンをタンクで購入したい人々、そしてガソリンを車の入れたい人の人の列が3列になって長蛇の列を作っていました。

地元紙の報道写真は、連日避難所や三陸沿岸の悲劇(石巻市の大川小学校は、児童の大半が津波に吞まれ、職員も13人中10人が行方不明と)を伝え、地元局のニュースでもあらゆる物資の不足を伝えています。仙台市内は一部を除き避難所も減少化傾向です。避難所への物資も余裕がある状態と言えます(避難所が閉鎖される前日には、物資が余っているので物資の配給を断りました。しかし閉鎖当日は、市からの灯油の配給と自衛隊による配給があり、受け取るだけになっていました)。

私がボランティアに通っていた学区の小学校の避難所も18日に閉鎖され、最後に残った人は、地域の市民センターに移動しました。しかし、まだまだ仙台市内では、数多くの人が避難所生活を続けています。

詳しい報告は別の機会に譲りますが、最後に私の学区の避難所には南相馬市から、つまり福島からの避難してきた人々が15名前後いました。仙台市は福島や県外から避難してきた人々を一か所に集約しています。戦災復興記念館です。

私は、石巻などへボランティアに行きたいのですが、なにせガソリンがありません。今考慮中です。

茨城県に住んでいる旧い友人が、初任地の学校がある宮城県気仙沼唐桑町小原木に、知人を救出するために来仙し、気仙沼に向かいました。みんな何かをしようとしています。私は、被災地情報に涙している日々が続いています。       (とりあえすここまで)

◎「NO NUKES ASIA FORUM JAPAN」(ノーニュークス・アジアフォーラムJAPAN) 
http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/index.htm
◎11.3 福島原発事故(広瀬隆)
http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/109a.htm

読むことをお勧めします。これが伝えたいことです。


(編集部より:佐藤進さんは元教員で「教育労働ネットワーク」の頼もしい担い手。仙台で2回裁判報告会企画してくださいました。
http://fightback.fem.jp/flyer-08_3_1_sendai.html
http://fightback.fem.jp/flyer-06_3_4sendai.html
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by bekokuma321 | 2011-03-23 03:13 | 紛争・大災害