2011年 02月 28日
地方選挙と女性農業主の悩み
ノルウェーのスール・バランゲル市(キルケネス空港のある市)の市議セシリア・ハンセン(上)は、9月の地方選挙に出るか出ないか最終決断をせまられている。
キルケネスはノルウェー最北端にある厳寒の地だ。この地に降り立ったのは2月21日。零下28度だと聞き、緊張が走った。到着してからは零下10度前後の日が続き、セシリアは「夏みたいだ」などと冗談を言う。
セシリアは今年40歳。女手一つで、乳牛17頭、雄牛10頭、鶏、豚を飼育し、年間100万クローネ(約1500万円)を酪農で稼ぐ実業家だ。離婚後、10代の娘をひとりで育てるシングルマザーでもある。
農家に生まれたセシリアは、酪農業の両親に雇われ長年酪農をしていたが、昨年、意を決して農地、畜舎、機械など一切を買い取り、農業主となった。朝から晩まで、しかも365日ほとんど休むことのできない仕事だ。セシリアの驚きの毎日については追ってお知らせしたい。
ノルウェーは国会も地方議会も完全な比例代表制による選挙をとる。今年9月に選挙がある。そこで19県と約430市議会の新しい議員が決まる。任期は4年。スール・バランゲル市は、市長も行政のトップも女性。その上、市議会議員25人の過半数13人が女性だ。
その一人、中央党(前の農業党)所属のセシリアの政治信条はこうだ。「農業は、人間にとって欠かせない食べ物を生産する仕事。この仕事を選べる私は幸せだ。グローバルに見ても、これ以上、一国の農業を減らしてはならない。それに政治も農業も、女性が入っていかないと絶対ダメ。男性だけだとろくなことにならない」という。
セシリアは今度立候補すると5期目となるが、次の選挙への立候補を自ら断念した。それ以来、中央党は彼女に代る人を探し回ってきた。しかし2月末だというのに、まだ決まらない。その間、「セシリアしかいない、セシリアにもう一度出てもらいたい」という声が彼女に届く。それだけ彼女は政治的手腕にすぐれ、人気も高い。いったん立候補しないと決めた彼女だが、最近、彼女の心は揺らいでいる。
ノルウェーの市議会の市長(オールフォーレルordfører)は、選挙で最大与党となった政党の議員から選ばれる。日本の国会の議員内閣制と同様の方式だ。スール・バランゲル市議会は労働党が強く、現市長(女性)は労働党出身だ。ところが労働党と連立を組んできた左派社会党が離反したため、次の市議会で、市長は中央党から選出される予測が高くなった。すると、市長はセシリアとなることが確実だ。
セシリアの不出馬は、この市長問題とからむ。「議員は、1月に1,2回だけど、市長はフルタイムの仕事で、私は農業をできなくなる。酪農を続けるには信頼のおける人を雇わなくてはならない。すべてを任せられる人がいるかどうか…」と悩んだ末に、立候補しないと決めた。
彼女は、私に「中央党の誰かが、日本からの記者だとかいって私を説得するために使者を送りこんできたのではないかと思った」と真面目な顔で言った。
●写真上はセシリアが飼育する20頭を超える牛の中でも最もかわいいロッタと
●写真下は鉱山工場新設を求めてきた会社の言い分を聞く市議会議員たち。52%が女性議員だ。セシリアは中央にいるグレーのスカーフの女性。