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イプセン「ヘッダ・ガーブレル」を観て

イプセンの戯曲「ヘッダ・ガーブレル」を観た。新国立劇場にて。監督宮田慶子。主演大地真央。

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稀代の悪女か、はたまた19世紀という時代に支配された悲劇の女性か。亡きガーブレル将軍の娘として自由気ままに育てられたヘッダ。気位いの高さと自由奔放な性格ゆえ、結婚して誰かの妻の座に納まることは絶対ありえない。

しかし、当時の女性には結婚しかなかった。そこで結婚する。相手は、あまり頭のよさそうではない、まじめだけが取り柄の学者ヨルゲン・テスマン。長い新婚旅行から戻ったオスロの新居が舞台だ。

舞台装置がなかなかクール。舞台全体が大きな額縁で囲まれ、その中心にドカーンと占めているのが、また額縁。ガーブレル将軍の肖像画である。

ヘッダにとって新婚旅行は退屈そのものだった。帰宅して、これからはこの退屈さに耐えるだけの人生なのか、と自暴自棄になっている。

そこに友人テアがやってくる。ヘッダと共通の友人であるレーヴボルグを追いかけてきたと知る。テアは、男性のために尽くすことが生きがいである平凡な女性だ。しかし、家も夫も捨ててきたという。世間体やスキャンダルを極度に恐れて、夫と別れることなどできないヘッダは、テアに小さな嫉妬を覚える。

テアが追いかけてきたレーヴボルグは、夫ヨルゲンにはない、怪しい魅力を持つ男性だ。才気と創造力にあふれ豪快。しかし酒におぼれ、女買いもする。かつてはヘッダの恋人だった。

ドラマの核心は、ベストセラー作家となったレーヴボルグの新作原稿にまつわるストーリーだ。酔ったレーヴボルグが紛失した原稿を、ヨルゲンが偶然拾って家に持ち帰る。「彼に返してあげなくては」と。

しかし、テアとの合作ともいえる作品だと知ったヘッダは、ヨルゲンの留守に、残酷にも原稿をストーブに投げ込み焼却してしまう。「二人で産んだ赤ん坊を焼き殺してやる」と。人間の根源的な感情といえる嫉妬心がメラメラと燃え盛る。最も印象的なシーンだ。

最後は、父親ガーブレル将軍の残した銃でヘッダは自殺する。

籠の鳥になれないヘッダが、(結婚という)籠の鳥になることを選んだ。しかし、結婚後も、ヘッダ・ガ―ブレルであり、ヘッダ・テスマンにはなりきれない。イプセンは、「戯曲のタイトルをヘッダ・テスマンではなくヘッダ・ガ―ブレルにしたのは、夫の妻ではなく将軍・父の娘という彼女のパーソナリティを表した」と語る(http://en.wikipedia.org/wiki/Hedda_Gabler)。

19世紀という社会は、好奇心と自尊心に満ちた女性を、籠の外には出さなかった。彼女は、終始、額縁の中にこじんまりと納まる居間に閉じこめられたままだ。その強烈なエネルギーの放出は、手近な人たちに向けられる。八つ当たりすることによって。

ヘンリック・イプセンの描くこのヘッダも、『人形の家』のノラ同様、時代に抗う個性を持ちあわせた女性だ。初上演は120年前のミュンヘン。このヒロインは、19世紀末の観客にどう迎えられただろう。2010年の日本でタイトルロールを演じたのは大地真央。日本の多くの観客におおむね好評だったようだが、私には物足りなかった。一筋縄ではいかない複雑な性格の女性を見せてほしかった。

◆参考『ノルウェーを変えた髭のノラ』

写真は文豪ヘンリック・イプセン(オスロのイプセン博物館にて撮影)
by bekokuma321 | 2010-10-03 17:01 | ノルウェー