シングル・マザー、107倍の難関に合格

ノルウェーの親友ベンテにはヘッレという義理の娘がいる。ヘッレは4人の子のシングルマザーだ。その彼女が、107倍の難関を突破して就職を果たした。ノルウェーらしいお話しなので、紹介したい。

ヘッレがスーリャンと恋に落ちたのは、1990年代末、ヘッレが高校を卒業してすぐのことだ。ヘッレは、私の親友ベンテ・ンシェルバンの夫スヴェーレの前妻の娘だ。スーリャンは、上海から40年以上前にノルウェーにやってきた親の間に生まれた中国系ノルウェー人。コックさん。残念なことに既婚者だった。

1999年、ヘッレに長女エッラが誕生。スーリャンとは結婚せずに産んだ。20歳のシングルマザーである。当時、オスロ大学法学部に在学中だったヘッレは、親や友人たちの手や公的サービスをフル動員して、学業と子育てをがんばった。日本の雑誌に原稿を書くため、シングルマザーの現状を探していた私の取材に協力してもらったことがある。

大学の寮(といっても日本人の私から見ると大きめののアパート)に住み、アルバイトをしながらの生活だった。オスロ大学は学生や教員に住宅を用意しているが、彼女のようなシングルマザーの家庭は、最優先で入る権利がある。さらに、オスロ大学内にも、寮の近くにも保育園があり、どちらにもシングルマザーは優先的にはいれるので、その点はよかった。

その後、2001年に長男アーラン、2003年に次男イーブンが産まれた。ヘッレは3人の母となった。しかもシングルマザーだ。彼女は、大学の寮を出てアパートを買う。保育園、バス停、Tバーン(地下鉄のこと)駅にも近い、便利な所だった。

そのころ、小学校の代理教員の職を得た彼女は、朝8時半から、ほぼ毎日4,5時間働いた。臨時職のため、時給130クローネだけで、その他の社会福祉手当がまったく付かず、昇進の見込みもない不安定な仕事だった。その割には、1年生に絵を教えたかと思うと、7年生の算数を教えるなど、仕事内容は多様で時間的にとてもきつかった。

子育てのほうは、長女エッラが小学校に入学し、下の2人は保育園に通園していた。学校や保育園から家庭に対しての要求も増えてきた。家庭といっても、シングルマザーの彼女は、ほとんど1人でこなさなければならない。もちろん産みの母、父、義理の母(私の友人)の助けを借りながら・・・(日本なら親と同居を考えたりするだろうが、成人した子どもが親と同居することは稀)。それに、その頃までにスーリャンの離婚が成立し、子どもたちとすごす時間も少しずつ増えていた。

とはいえ、代理教員の仕事時間は減らないどころか、「これもお願い、あれもお願い」と言われ、増える一方だった。夏休みの前など、子どもたちのパーティやら集いが立て続けにあり、仕事の後、1日に2つも掛け持ちすることがあった。「ほんとうにきつかった。でも子どもたちのパーティやサッカー試合は欠かしませんでした」と、振り返る。ついに彼女は大学の勉強を続けられなくなってくる。今から4,5年前、ついにオスロ大学法学部中退を決意する。

そうこうしているうち、自分や子どもの将来を考え、低賃金不安定労働のままではいけないと思い始める。思い切って臨時職を辞める決意をし、フルタイムの仕事探しを開始する。2008年のことだ。ところが、アンラッキーなことに世界中が不況の嵐の中だった。2008年秋には、簡単な事務職のポストに500人の応募者が殺到したというニュースもあったという。

絶望に近い気持に襲われることもあった。そんな中、ジャーナリスト労働組合の事務職を見つけ応募した。そして応募者107人から彼女はたった1人合格! 2009年1月から働いている。年俸415000クローネ、年6週間の有給休暇をはじめ、豊かな社会保障制度が保障された職だ。

c0166264_13521316.jpgシングルマザーの彼女は、ノルウェーの豊かな福祉制度により子どもの病気休暇などの権利が潤沢に与えられている。ところが、それは雇用主側から見ると、たとえノルウェーであっても、できることなら採用したくない働き手となる。彼女は当時3人の育ち盛りの子もちで、4人目を妊娠中のシングルマザーだった。大きなおなかが目立った。

どう考えても彼女が合格できる見込みはないだろう。こう思った私は、気にはなっていたものの、ヘッレの義理の母である友人に、「ヘッレ、どうだったの?」と聞けなかった。

彼女は合格した。2008年10月の書類選考で107人から7人に絞られた。その後、筆記試験が2回あり、12月の最終選考の面接に残ったのは2人だったという。なぜ107人もの候補者からヘッレが合格できたのだろう。

もちろん、彼女の採用試験の結果がよかったことは間違いない。しかし・・・。つい先日、私はその回答を聞くことができた。

ヘッレは「私もとても不思議だったの」と言った。そして、「後でわかったことなのですが…」と、採用を最終的に決めた上司(男性)の家庭の話を笑いながら話した。

「彼は4人の子持ちで、3回離婚をしているんです。その相手の2人は女性で、1人は男性だったというんです。そのことがわかったとき、あー、私はなんてラッキーと思いました。そういう男性だったから、シングルマザーの私のことを否定的に見なかったのだと思うのです。私のことを理解できたのだと思うのです」

ヘッレ個人の資質もあるが、彼女の快挙をあと押したのは、シングルマザーに優しいノルウェーの社会制度だ。これがなかったら、ヘッレだってストレスで子ども虐待に走ったかもしれない。

国民皆保険制度、希望者のほぼ全員が入れるまで整った保育園、同性結婚も認める寛容な婚姻法、子ども手当など子どもに対する給付、子ども福祉法、間接差別も禁止する男女平等法、外国人・移民への差別禁止法、家庭と職場の両立を可能にする労働環境法・・・エトセトラ。

このような質の高いサービスに予算をあてて、一人ひとりがどんな生き方を選ぼうと人間としての権利をまっとうできるような社会制度を作ったきたのは、ノルウェーの政治だ。

■もっと詳しく知りたい方は
『ノルウェーを変えた髭のノラ:男女平等社会はこうしてできた』(明石書店)2010年4月25日出版!
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by bekokuma321 | 2010-08-12 03:41 | ノルウェー