フィンランドのヘルビ・シピラ逝去

5月15日、ヘルビ・シピラさんが亡くなった。94歳。

潘基文国連事務総長は、「あらゆる分野の政策決定の場に女性が男性と平等に参加するため、どんなささいな努力も見逃してはならない。これが、彼女の遺産です」とお悔みの言葉をささげた。

ヘルビ・シピラさんは、フィンランドの法律家で女性解放運動家。1940年代という女性弁護士が希少だった時代、自分の法律事務所を開設し、後、国際女性弁護士連盟会長となった。女性初の国連事務局次長、女性の地位委員会委員長。1975年、メキシコで開催された第1回国連世界女性会議の事務局長。この女性会議が、UNIFEM創設につながってゆく。

国際舞台で卓越した業績を上げてきたヘルビ・シピラさんだが、1982年、フィンランドで、女性として初めて大統領選挙に立候補した。

1994年、私はフィンランドを初めて訪問した。ヘルビ・シピラさんもかつて代表を務めていたというフィンランド女性会議の事務所を訪問し、女性の政治進出について取材した。そのときに会った女性たちは、その少し前にあった大統領選のことを話してくれた。女性大統領誕生かというエキサイティングな選挙だったというのだ。その後、2000年、タルヤ・ハロネンさんがフィンランドで初めて女性の大統領となった。ここに到る道も、もとはと言えば、80年代初め女性として初めて大統領に挑戦したヘルビ・シピラさんによってこじ開けられた、と思う。

女性のために道なき道を進んだ偉大な政治家だ。

実は、1975年以降のこと、、大学を卒業したばかりの私は、国際会議で来日していたヘルビ・シピラさんのお世話をしたことがある。それ以来、フィンランド人というと彼女を想起するようになっていた。気品と威厳に満ちた表情、金髪、ぬけるように白い肌を記憶している。

彼女と同じ空間にいた最後は、1995年の夏だった。私は、北京で行われた第5回世界女性会議の開会式で彼女の名と紹介を耳にする。第1回世界女性会議事務局長として讃えられていた。広いドームの中の私がいた席から、姿は見えなかったが、ヘルビ・シピラさんのような女性と一緒に参加していることに高揚感を覚えた。

http://www.un.org/womenwatch/
http://www.unifem.org/news_events/story_detail.php?StoryID=879
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by bekokuma321 | 2009-05-25 02:36 | 北欧